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このスタイルのカラオケを全く知らないが、この「8トラ」テープは父の車のカーステレオでよく扱ったなぁ。テープと云えばオープンリールだった俺たちには、片手で扱えるこのテープがすごく便利に感じた。でもすぐフィリップスが作ったカセットテープにとってかわったけど。
自分の車のカーステにカセットが引っかかって(お懐かしのメタルテープw)困っていたら親父が労せず引っこ抜いた・・・ 親父曰く「昔の8トラはよく詰まったモンよ。こんなのいつものことだったぞ」
うちのおふくろ 好きな演歌があったとき、レコードとテープとの両方があればテープを選んでいた。 聞いてみたらテープの方が新しい技術というものだった。
町に最初のカラオケ店ができたのは中学生のころだったか。空な桶? と不思議に思っていた。カラオケが営業している深夜には子供は寝ていた時代だったから、高校のころまで正体は分らず終い。
8虎ってたしかエンドレスで、しかも両面使うためにメビウスの輪になってるんだっけ?田舎の親戚宅にカラオケあったよ15年くらい前まで。ギターアンプみたいな形で、お座敷に鎮座していた。
>両面使うためにメビウスの輪違う。ごくふつうにエンドレスになってるだけ。トラックが8だから、2トラック(ステレオだから)ずつ使って4倍使える。レコードでいえばA面B面の2面だけではなく合計で4面あるということ。1周10分なら合計で40分だ。その4パートの切り替えはセンシングテープ式でヘッドを動かしてた。原則、エンドレステープだから早送り巻き戻しができないのが難点(構造上、少しの早送りはできなくもないが)。
昔はトレーラーハウス形式のカラオケ屋とかよくあったよね。雑居ビルの中で歌うよりずっと気持ちいいんだけど。最近見かけないなあ。
>トレーラーハウスコンテナ流用のはあったけど・・・
>コンテナ流用ああそうかも。言葉が適当でゴメン
東海道本線 急行「比叡」153系
オヤジが若い頃、仕事で神戸から名古屋あたりへ行く時、行きは国鉄で、帰りは近鉄など民鉄を使っていた。「行きと帰りに同じ景色を見たくなかった」らしい。もっとも帰りの近鉄では「中川?で必ず乗り換えなければならない」事を不思議に思っていたらしい。
>「中川?で必ず乗り換えなければならない」読んで、「え? なんで?」と思ったよ。でも気付いたよ。かなり昔の事なんだね。改軌前の話なんだ。
グリーン車が自由席だったなあ。
今、ネコの駅長で有名な和歌山鉄道が、南海貴志川線だった時の旧型電車この戦前製の電車が走っていた頃はこれ目当てに乗りにくる人もいた…俺もそうだ
騒々しい吊り掛け車も風前の灯ですなあ
>これ目当てに乗りにくる人もいた…俺もそうだ俺も乗りに行ったよ、
駅舎自体は大きく変わってないのでは?
ウチの近所にあった白熱球の街灯夜遅くにこの白熱球の灯りを見ると、「帰って来た」気分がした。電球タイプの蛍光灯で再現出来ないかと思う。
最近、家の回りの街灯は青い蛍光灯に徐々に変わりつつあるそれはそうと木の電柱ってのもいつの頃からか見なくなったなぁ
名古屋市内だけど近所ではいまだに現役です写真撮っとかないと
てっぺんの腐れ防止キャップが木柱らしくていい。
西国分寺と立川で見た。と言っても、もう20年近く前。残ってないだろな。点灯用のスイッチが付いてたんだぜ。
>>11438.瀬戸物のカバーのついた、下向きのスイッチですかね。
家の前の電柱の街灯も20年位前まで瀬戸物のスイッチが付いていた近所の他の街灯は自動点滅だったけど何故か家の前だけスイッチ式それのON-OFFは家の仕事だった、今は自動点滅だけど、未だスレ画の様な白熱の街灯他の街灯は小洒落た水銀灯だったりするのに・・・
自動だとさ、ちょっとした曇りとかでも点いちゃうことがあるし、街路樹とかの木陰になって点いちゃうこともあるし、そうでなくとも壊れて点きっぱなしになったりとか・・・けっこう電気がむだになってるような希ガスつかさ、都会のでかい道路の街灯、明るすぎ
ウルトラマン世代の俺にとっちゃかさでんはパラボラアンテナだったな・・ピコーン ピコーン
西新宿かなココ?
車窓からふと目にとまった、ささやかな「白いポスト」要するに通勤者が外で買った成人向け雑誌は子どものいる家庭に持ち込まず駅で処分しろ、とウチの最寄り駅にもドラム缶を改造した大型ポストがあったわ。
俺の記憶では東横線中目黒、祐天寺にもあった。
常磐線土浦駅にはいまだにある